Concept

コンセプト

Prologue

土地の記憶

津和野は、決して“ただの観光地”ではありません。
山深い石見(いわみ)の谷間に築かれた小さな藩──津和野藩は、独自の道を歩んできました。

厳しい自然環境を背景に、津和野は活発な交易と文化交流を通じて、
他国からの情報や技術を積極的に取り入れてきました。
その結果、約260年にわたり、知の城下町として独自の文化と思想が育まれてきたのです。

「山陰の小京都」として今なお息づく、この町の魅力は町並みそのものに。
朝陽に照らされる石州瓦の屋根、静かに泳ぐ鯉の水路、白壁の武家屋敷が連なる光景は、
まるで時間の地層がそのまま切り取られたかのようです。
また町並みだけではなく、鷲原八幡宮の流鏑馬、津和野弥栄神社の鷺舞など、
城下町を舞台にした伝統行事が、生活文化として現在にも息づいています。

しかし、津和野の魅力は、ただ風情なだけではありません。
この地の特徴は、開かれた知と覚悟が共存してきたこと。

藩校 養老館 では、蘭学・国学・数学・医学など幅広い学問が学ばれ、
西周(近代日本哲学の礎)や森鷗外(文豪・軍医)をはじめ、多くの知識人が輩出されました。
そして幕末期、欧米列強の脅威を前に内乱は避けるべしとして、幕長戦争も中立姿勢を貫き、
また津和野藩は全国に先駆け率先して版籍奉還を実行したことで知られています。

――そんな知恵と覚悟のDNAが、この町には確かに流れているのです。

ここ若槻は、そんな津和野が紡いできた、知と感性のアーカイブ。
宿やレストランで触れる一瞬一瞬が、この土地の歴史や風土と重なり合う体験となります。

ここで時間を過ごすことは、ただ泊まることではありません。
土地の記憶を五感で読み解く、大人の旅のはじまりなのです。

橋本本店 酒蔵

Hashimoto Heritage

町に息づいた、威厳ある蔵
橋本本店

かつて津和野の町に、ひときわ畏敬の念を集める蔵があった。
酒蔵・橋本本店。
当時、酒造場は家の人さえ入るのを躊躇するような、凛とした空気を纏っていたという。

秋深まり、10月に入ると、蔵には独特の緊張感が走る。
夜明け前からボイラーの火が焚かれ、男たちの活気ある声が蔵に響いた。
杜氏が率いるその空間に、女子供は立ち入ることすら許されない。
冬のあいだ続く酒造りの季節は、まさに心が休まる暇もない、緊迫した日々だった。

主力銘柄は「魁龍(かいりょう)」。1級・2級・原酒の3種からはじまり、
のちには純米、吟醸、にごりなど十種近くの酒を醸した。
だが、橋本本店の本質は、酒をつくるだけの蔵ではなかった。

当主は「金は出すが口は出さぬ」を信条に、杜氏との信頼にすべてを託した。
一方で、地域の祭事や文化事業への寄付を惜しまないなど、津和野の精神的支柱としても役割を果たした。

蔵元・橋本家の当主は、地元の名士であり、県会議員としても活躍。
晩年には天皇陛下のご旅行の案内役も務めたとされる。
まさに、町の格式と文化の象徴として、その存在感を放っていた。

(* 橋本家御子息に当時の様子をお伺いの上、若槻にて編集)

Vision

私たちの想いとビジョン

静かに流れる高津川、趣ある石州瓦の街並み、地域で守り育んできた祭事や暮らし。しかし過疎化の中で、そうした記憶が失われつつあります。かつて300年以上にわたり酒を醸してきた橋本本店も、後継者不足によりその歴史を幕を閉じようとしていたのです。

若槻は、単なる古民家の利活用ではありません。

建物の復元だけでは、人々の想いは蘇りません。過去に想いを馳せ、現在に触れ、新たな想いを未来へつなげる——時空を超えて想いが行き来してはじめて、記憶はリアルに蘇ります。

かつて日本の未来を案じ、先駆的な思想を体現してきた津和野人の覚悟。男たちが夜明け前から酒を仕込む、張り詰めた空気感。そして津和野の人たちや蔵によって守られてきた、まちの格式と歴史への敬意。その空間に染みついた記憶を、五感で感じ、自分自身を重ねる——そんな体験がここにはあります。

若槻は、その時間と記憶を引き継ぐ媒介者でありたいと願っています。

そして同時に、私たち若槻もまた、未来に紡ぎたい想いがあります。
それは、ここで酒造りを復活させること。
過去の300年を受け継ぎ、未来の300年を担う——酒蔵の再建を目指すという、大きな夢があります。

土地の時間と体験が宿るこの空間で、訪れる人は五感によって土地と対話し、自らの足跡を残していきます。訪れた方々の想いが少しずつ重なり合うことで、若槻の夢もまた、未来へと紡がれていくと信じています。

こうして、津和野の知と感性の系譜は途切れることなく、新しい記憶へとつながれていく──それが、若槻の存在意義です。